鹿児島の壺造り黒酢

登録番号 7
名称 鹿児島の壺造り黒酢(カゴシマノツボヅクリクロズ)
分類 その他
登録区分 第27類 調味料及びスープ類 その他醸造酢(米黒酢)
登録日 2015/12/22
生産地 鹿児島県
霧島市福山町及び隼人町
連絡先

鹿児島県天然つぼづくり米酢協議会
鹿児島県鹿児島市上之園町21番地15

鹿児島の壺造り黒酢(カゴシマノツボヅクリクロズ)

江戸時代から鹿児島県霧島市福山町において、米を原料にした食酢が屋外で壺を使用して醸造されています。この食酢は熟成期間を経るにつれ、琥珀色に色が付いてくるので、「鹿児島の壺造り黒酢」(以下黒酢)と呼ばれています。
 鹿児島県霧島市福山町が、昔からの伝統的製法による黒酢の発祥地であり、鹿児島を代表する歴史ある食品です。この黒酢の生産地は、北東に牧之原台地を背負って錦江湾に臨み、気候としては冬季に北風が当たらず降霜の少ない温暖な地域です。屋外に並べた壺を使って仕込み醗酵するという独特な製法で、醗酵に6ヶ月以上、さらに、6ヶ月以上の熟成を経て、黒酢の色は褐色から黒褐色を帯びています。特有の香りとまろやかな酸味は、この長期熟成の過程で生まれるとされています。一般的な米酢と比べ、黒酢中にはピログルタミン酸が60mg/100ml前後と豊富に含まれるため、濃厚な酸味となり、また乳酸を約0.2%含んでいることで、酸味に清涼感を与え、残味がさっぱりとしたものになっています。酢の旨み成分としてはアミノ酸やペプチドなどがありますが、黒酢中のアミノ酸含有量は比較的高く、500mg/100ml前後です。これらの成分が多いのは、一般の米酢に比べて、使用する米の量が約5倍と多いこと、米の精米歩合が高いこと、醗酵・熟成期間が長いことに起因すると考えられています。
 黒酢の最大の特徴は、その生産の方法にあります。まず、原料の精米歩合の高い米を洗浄、蒸煮、冷却し、黄麹菌を種麹として撒いて3~4日かけて米麹を造ります。次に米を蒸して蒸し米を造り、屋外に並べた陶器の壺に、米麹と蒸し米と水を順に入れて混合し、最後に「振り麹」と呼ばれる米麹を液面に撒きます。「振り麹」とは、一旦出来上がった米麹を屋内で数日間乾燥させ、多くの胞子を生成させたものです。振り麹後、壺の口を紙で覆い、雨よけの蓋をして仕込み作業は終了します。この製法は同一容器の中で、糖化、アルコール醗酵、酢酸醗酵の三つの工程が自然に進行する製法であり、世界的に見ても珍しいものです。
 壺を使った製法がこの地で始まったのは、年間の平均気温が醗酵に適していたことと黒酢の製造に欠くことが出来ない薩摩焼の壺が入手出来たことによります。福山町の郷土史に1952年の記録として年平均気温が18.7℃と紹介されており、比較的高いことが分かります。この生産地は、山に三方を囲まれ、残る一方は海に面した平地である地形的な特徴から、一年を通して暖かい気候条件にあります。さらにもう一つの気温の特徴は、各月の最高気温と最低気温の開きが小さいことです。福山町は春季で7~11.2℃、秋季で14.3~14.5℃を示します。過熱・過冷になりにくく、微生物の生育には好都合な気候条件です。
 仕込みに用いる壺は、生産当初より、胴径40cm、高さ62cm、口径14cmで容量は3斗(54L)であり、この形状は現在も変わっていません。現在残っている古い壺は、薩摩焼の代表的な窯場の一つである苗代川で焼かれたものです。黒酢の製造が始まった1800年代初期には、この壺は薩摩で日常の食用の壺として焼かれていたことが判明しており、黒酢造りにあたって、仕込みや醗酵に適した壺を手近に得られたと言えます。
 黒酢は、一説では江戸時代の文化2年(1805年)、もう一説では文政3年(1820年)福山の地で初めて造られ、現在に至るまでその生産が継続されており、約200年の歴史があります。第二次世界大戦前後に原料米が統制経済で途絶えましたが、頑固な一軒の業者が原料を米の代わりにさつまいもを使い、細々ながらその技術を守り続けてきました。1965年頃から自然食品希求の声の高まりとともに黒酢が見直されてきて、徐々に業者の数も増えて、今日では年間の生産量は約1500KLとなりました。

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